夜空に静かにかかる緋色の月が、次第に静寂へと帰する「大学都市」ティンゲン市を照らしている。
クラインはデスクの前に立ち、出窓からひっそりと静まり返った水仙花街を見下ろした。遠くから小気味よい馬車の音が聞こえる。
唐草模様が彫られた銀白の懐中時計を手に取り、ふたを開けてちらりと見ると、手を伸ばしてカーテンを引いた。ガスランプの黄色い明かりがよりいっそう寝室に拡散する。
クラインはすっと向き直り、ドアに鍵をかけ、ゲートバルブを閉めた。
その瞬間、部屋全体が闇に包まれ、ただ、赤い月の放つ光でカーテンがわずかに色を帯びている。数々の昔話を生み出してきた闇夜が訪れた。
そして、クラインは申請して借りてきた銀製のナイフを取り出すと、頭の中に光の玉を描き、あらかじめ半瞑想状態に入った。
クラインは精神を集中させると、それまでの練習どおり、霊性がナイフの先から吹き出し、それが周囲と奇妙に溶け合い、部屋を封じ込めた。
これから発生するかもしれない物音でベンソンやメリッサが目を覚ましてしまわないように考えた対策だ。
続けて、クラインはナイフを置くと、逆時計回りに4歩歩いた。一歩歩くごとに地球の呪文を唱える。
これまでと同じように、とめどない叫びとささやきが押し寄せ、とめどない狂気と苦痛に襲われる。クラインはなんとか自分をコントロールし、意識がほぼ朦朧とした状態で最もつらく危険な段階を耐えきった。
灰白色の霧が果てしなく広がり、深紅の「星」は遠くなったり近くなったりしている。そして威厳ある神殿がまるで死んだ巨人のように高くそびえ立っている。クラインの眼前に広がる光景はそれまでと何ら変わらず、数千、数万年の時を経て積み重ねられた静寂と歴史に満ちている。
いや、やはり変化はあった。クラインは静かにつぶやき、視線を近くにある深紅の「星」に向けた。
それは「正義」を象徴する星だ。
その「星」の深紅は連続的に収縮と膨張を繰り返している。変化の幅は大きくないが、絶え間なく続いている。
クラインは自分の霊性を慎重に展開し、その深紅へと広げていく。