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11.85% 謎めきの主 ピエロ編 / Chapter 16: 第16章 犬のネズミ捕り

Chương 16: 第16章 犬のネズミ捕り

ふぅ、霊能者はなんとかやり過ごせた……

 クラインは大きく息を吐くと、ゆっくりと体の向きを変え、夜の静けさと心地よい風を感じながら、マンションのエントランスへと歩いていく。

 鍵を取り出して鍵穴に差し込み、軽く回すと、カチャという音とともに緋色の混ざった暗闇が目の前に広がる。

 人のいない階段を上る。冷たい空気を吸いながら、クラインは他人よりも数時間長く人生を過ごしたような奇妙な感覚を覚え、足取りが軽くなる。

 カチャ——そのままの感覚で自宅のドアを開けると、部屋に入る前から、テーブルの前に静かに座る人影が見えた。赤く染まった黒髪に、透き通った褐色の瞳、整った顔立ち。メリッサ・モレッティだ。

 「クライン、どこへ行ってたの?」メリッサは眉を上げて、不思議そうに尋ねた。

 クラインの答えを待つことなく、メリッサはまるで事の前後関係や論理関係を詳しく説明しようとするように、さらに付け加えた。「さっき洗面所に行こうと思ったら、いなかったから。」

 クラインはこれまで親の目を欺いてきた豊富な経験を生かして機転を利かせ、慌てずに苦笑いを浮かべながら答えた。

 「一度目が覚めたら寝つけなくなってさ。何もしないのも時間がもったいないから、ジョギングに行ってたんだ。ほら、汗でびっしょりだろ。」

 クラインは上着を脱いで体をひねり、背中を指さした。

 メリッサは立ち上がり、全く気にしない様子で一瞥すると、数秒考え込んだ。

 「クライン、あまりプレッシャーを感じないで。ティンゲン大学の面接試験はきっとうまくいくよ。万が一……もし万が一だめでも、ほかにもっといい仕事が見つかるよ。」

 面接試験のことなんて全く頭になかった……クラインは頷いた。

 「わかったよ。」

 クラインはすでに「内定」を手に入れたことは言わなかった。まだ決心が固まっていないからだ。

 メリッサはクラインを見つめると、急に後ろを向いて、小走りで部屋に戻ったと思ったら、歯車と錆びた鉄、ばねなどでできた亀の形のおもちゃを持ってきた。

 メリッサは素早くねじを巻くと、そのおもちゃをテーブルの上に置いた。

 カタカタ、カタカタ——リズミカルに跳ねながら歩く「亀」の姿に思わず視線が引きつけられる。

 「悩み事があるときは、この子を見ると、気持ちが落ち着くの。わたしは最近よくこうするの。結構効果があるのよ。よかったら、試してみて。」メリッサは目をきらきらさせて説明した。

 クラインは妹の言う通り、近づいて「亀」を観察し、動きが止まると、笑みをこぼした。

 「シンプルでリズミカルなところが確かにリラックスできるね。」

 クラインはメリッサの答えを待たずに、「亀」を指さしながら続けた。

 「これ自分で作ったのか?いつ作ったんだ?そんな話してたっけ?」

 「学校の余った材料と道で拾ったガラクタで作ったの。2日前に完成したばかりだよ。」メリッサはそれまでと同じ表情だが、口元に笑みを浮かべた。

 「すごいな。」クラインは心底感心した。

 手先が不器用なクラインは、子どもの頃にミニ四駆を組み立てるだけでも一苦労だった。

 メリッサは得意気に顎を少し上げ、目を細め、普段通りの口調で答えた。

 「たいしたことないよ。」

 「謙虚も過ぎれば傲慢になるんだぞ。」クラインはくすっと笑いながら尋ねた。「これって亀か?」

 部屋の中の雰囲気が一瞬凍りつき、メリッサが緋色のヴェールのような儚げな声で、ぼそりと答えた。

 「人形だよ。」

 人形……

 ……クラインは気まずそうに笑うと、慌ててフォローした。

 「あれだよ、材料の問題だな。やっぱりガラクタの寄せ集めだし。」

 そしてすぐさま話題を切り替えた。

 「そう言えば、トイレがあるのに、なんで真夜中に洗面所に行ったんだ?一度寝たら朝まで起きないタイプだろ?」

 メリッサは一瞬目を丸くし、数秒後にようやく口を開いて説明しようとした。

 この時、メリッサのお腹からギュルギュルという音が聞こえてきた。

 「あっ!もうちょっと寝てくる!」

 バタン!——メリッサは亀のような見た目の「人形」をつかむと、小走りで部屋に駆け込み、ドアを閉めた。

 ……昨日の夕食がご馳走だったから食べすぎたんだな……クラインは頭を横に振りながら失笑し、ゆっくりとテーブルの前まで歩き、静かに椅子に腰かけた。黒雲の背後から差し込む緋色の月明かりに照らされながら、ダン・スミスの打診について静かに思案する。

 夜を統べる者の事務員になることのデメリットは、非常に明らかだ。

 タイムスリッパー、謎の集まりの発起人「愚者」である自分は秘密を少なからず隠し持っている。黒夜女神教会傘下で人智を超えた事件を専門に扱う組織のもとで長期に動き回るのは相当のリスクが伴う。

 ダン・スミスたちの組織に加入すれば、自ずと超越者になって、それにより「集まり」から得たメリットを覆い隠すことが目標となるが、正式メンバーになれば、自由は必然的に制限される。事務員がティンゲンを離れる際に届け出が必要になるように、移動や行動の自由が一定の制約を受け、さまざまなチャンスを失うことになる。

 夜を統べる者は厳格な組織だ。一度任務が発生すれば、指示を待ち、それを遂行するしかなく、そこに断るという選択肢はない。

 超越者には暴走リスクもある。

 ……

 デメリットを一通り頭に思い浮かべると、クラインは必要性とメリットへと思考を切り替えた。

 「開運の儀式」などの境遇から見ると、自分はダンがいう好運な80%の側に入ることは恐らくできないだろう。確実に怪奇事件が自分の身に降りかかることになり、危険に満ちている。超越者になるか夜を統べる者に加入する以外、それに抗う術はない。

 超越者になるには、「集まり」に頼るだけでは不十分だ。ポーションの調合に問題はなくても、必要な材料の入手方法や調製方法、超越者になるための日常的な修行においても、大きな壁がある。何から何まで「正義」や「吊された男」から材料をもらったり、教えてもらったりすることは不可能だ。これは「愚者」のイメージを損ない、相手に疑問を抱かせかねないし、まだそれほど細かい問題を話し合っていない段階では、こちらも相手が興味を引くようなものを出すことができない。

 また、物質的なやり取りが増えればその分、本当の身分の痕跡を残すことになってしまう。これがきっかけで、水面下での争いが正面衝突へと発展しては厄介だ。

 「夜を統べる者」に加入すれば、神秘世界の常識や関連のルートに必然的に触れることができ、必要な人脈を相当数蓄積することが可能になる。これを支点として初めて「集まり」を動かし、「正義」や「吊された男」から最大の収益を得ることができる。そしてこれは一方で現実の状態を向上させ、さらなる資源の獲得へとつながり、好循環を生み出す。

 また、ダンが話していた「心理錬金会」のような、各大手教会に抑圧されている組織に加入するという方法もある。ただ、その場合は、「夜を統べる者」と同様、自由を失い、つねに不安にさいなまれることになる。そしてそれ以前に、「心理錬金会」がどこにいるのかまったく情報を持たない。「吊された男」から情報を聞き出したとしても、軽率に接触するのは命の危険があるだろう。

 事務員になった場合、ワンクッション置くことができ、離脱のチャンスもある。

 真の隠者は人里離れた山中などに隠れ住まず、かえって俗人にまじって町中で超然と暮らしている。夜を統べる者はもしかすると最善の隠れ蓑かもしれない。

 将来仲裁廷の幹部になったとき、誰が自分を異端だと、秘密組織の黒幕だと思うだろうか?

 ……

 まばゆい朝日に緋色が侵食されていく。黄金色に輝く地平線を眺めながら、クラインは決心を固めた。

 今日ダン・スミスのもとを訪ね、夜を統べる者の事務員になろう!

 「まだ寝てないの?」この時、再び目を覚ましたメリッサが部屋から出てきて、伸びをしている兄の姿を訝しげに見ている。

 「ちょっと考え事をしてたんだ。」クラインは笑みを浮かべた。体が軽くなったように感じる。

 メリッサは少し考え込んだ後、こう語った。

 「悩み事があるとき、わたしはメリットとデメリットを一つずつ書き出して、比較するのよ。そうすればどうすればいいかの『ヒント』が得られるでしょ。」

 「いい方法だね。僕もそうしてるよ。」クラインは笑顔で答えた。

 メリッサは納得したのか、それ以上何も言わず、黄味がかった紙と洗面用具を持って共同洗面所に向かった。

 朝食を食べて、妹を見送った後も、クラインは、すぐには出発せず、気持ちよく二度寝をした。なぜなら、バーは普通、午前中は営業していないからだ。

 午後2時、クラインはブラシとハンカチでシルクハットを丁寧に手入れし、面接に行くときのように、スーツ姿で家を出た。

 ベスウィック街までは少し距離がある。クラインは夜を統べる者とすれ違いになるのが心配だったため、徒歩ではなく、鉄十字街の交差点で乗合馬車を待つことにした。

 ルーン王国では、乗合馬車は通常の路線馬車と線路の上を走る軌道馬車の2種類がある。前者は2頭立てで、キャビン上部も含めると、最大で20人前後座ることができる。大まかな路線しかなく、具体的な停留所は設けられていない。柔軟に運行され、満員でない限り、手を上げればその場で馬車を止めて乗ることができる。

 後者は軌道馬車会社が運営する。あらかじめ主要な街道に鉄道の軌道に似た装置が設置されており、キャビンの車輪を軌道に載せて、それを2頭の馬が牽引する。抵抗が小さくなるため、より大きな二階建てキャビンを牽引することが可能で、最大50人近くの乗客を運ぶことができる。唯一の欠点は路線や停留所があらかじめ決まっており、融通が利かない点だ。

 10分ほどで、車輪と軌道のぶつかり合う音が徐々に聞こえ、二階建て馬車が鉄十字街の停留所前に止まった。

 「ベスウィック街まで行きたいんですが。」クラインは運転手に伝えた。

 「シャンパン街で乗り換えが必要です。もっとも、シャンパン街まで行けば、ベスウィック街までは歩いて10分ほどです。」運転手は路線について説明した。

 「ではシャンパン街までお願いします。」クラインは頷いて同意した。

 「4kmを超えるので、4ペンスです。」運転手の傍にいた色白の青年が手を広げた。

 どうやら徴収係のようだ。

 「はい。」クラインはポケットから4ペンスを取り出して青年に渡した。

 クラインが馬車に乗り込むと、乗客はそれほど多くなく、1階にもちらほら空席が目立つ。

 「残り3ペンスしかない。帰りは歩きだな……」クラインはハットを目深に被り、シートに深く腰かけた。

 この階の乗客は男性、女性を問わずほとんどがスーツ姿で行儀よく座っている。作業服を着ている人や新聞を読んでいる人もいるが、話をしている人はおらず、室内は至って静かだ。

 クラインは目を閉じて英気を養い、周囲を行き交う乗客のことは考えないようにした。

 停留所を何駅も経由して、ようやく「シャンパン街」のアナウンスが聞こえた。

 馬車を降りて、道を尋ねながら先に進むと、すぐにベスウィック街にたどり着き、褐色の猟犬のマークが描かれたバーが見えた。

 クラインが右手で勢いよくドアを押すと、重厚なドアがゆっくりと開き、賑やかな声と浮ついた熱気が押し寄せた。

 まだ午後だが、バーにはすでに多くの客がおり、なかには仕事の機会を探す臨時雇いの労働者もいれば、何をすることもなく、酒に溺れている人もいる。

 バーの中はかなり薄暗く、中央には大きな檻が2つある。檻の下3分の1は地面に埋まっており、隙間がない。客たちは木製のカップを片手に辺りを囲み、大声で話し合ったり、冗談を言い合ったりしている。

 クラインは興味本位で見に行ってみると、なかには2頭の犬が入れられていた。一頭は白と黒の毛色で地球のハスキーに似ている。もう一頭は艶のある漆黒の毛並みでたくましく獰猛な見た目をしている。

 「賭けるかい?ダグはここ最近8連勝してるよ!」茶色のニットキャップを被った小柄な男が近くに来て、あの黒い犬を指してこう言った。

 賭ける?クラインは一瞬何のことかわからなかったが、すでに合点がいった。

 「闘犬?」

 ホーイ大学在学時に、貴族学生や裕福な家庭の学生から、「粗野な労働者や無職のごろつきはバーでボクシングやギャンブルを見るのが好きなんだろ?ギャンブルにはボクシングやポーカーのほか、闘鶏や闘犬なんて残酷な見世物もあるんだって?」とよく皮肉を込めて聞かれたものだった。

 小柄な男は嘲笑しながらこう言った。

 「お客さん、俺たちはまともな商売をしてるんだ。そんな世間に顔向けできないようなことはしないさ。」

 すると、急に小声でささやいた。「しかも去年は禁止する法律も出されたからね……」

 「じゃあ何を賭けるんですか?」クラインはふと気になった。

 「どっちが優秀な『狩人』かを見るのさ。」小柄な男がそう言ったその時、会場にどよめきが起こった。

 男は向こうを一目見ると、興奮した様子で手を振った。

 「試合はもう始まちゃったから、今回は賭けられないよ。また次の試合だね。」

 それを聞いたクラインは、つま先立ちで向こう側を見てみると、2人の大男がそれぞれ麻袋を引きずり、檻の傍にいる。「檻の扉」が開くと、なかのものが檻の中に放り込まれた。

 無数の灰色の気持ち悪い動物だ。

 クラインはじっくり観察すると、それは数十匹、100匹に上るネズミだ。

 檻の下部は地面に埋め込まれており、隙間がないため、ネズミがどれだけあがこうとも檻の中から逃れることができない。

 この時、檻の扉が閉ざされ、2頭の犬の鎖が外された。

 「ワン!」黒い犬が飛びかかり、すぐさまネズミをかみ殺した。

 白黒の犬は一瞬戸惑いながらも、興奮しながらネズミとじゃれ出した。

 周囲の人間たちはカップを片手にその様子を見守っていたり、大声で騒いだりしている。

 「かみ殺せ!やっちまえ!」

 「ダグ!」

 ……まさか犬にネズミを捕まえさせるなんて……クラインは真相に気づくと、顔を引きつらせた。

 ここではどちらの犬がより多くのネズミを捕まえられるかに賭けている……

 あるいは具体的に何匹捕まえられるのかに賭けているのかもしれない……

 鉄十字街の辺りでずっと生きたネズミの買い取りをしているのはそういうことか……

 とんだ見世物だな……

 クラインは頭を横に振り、苦笑しながら、ごった返している人混みの外側を通ってバーカウンターまで来た。

 「初めてですか?」バーテンダーはグラスを拭きながら顔を上げてクラインの方を見た。「ライ麦ビール1杯1ペンス、エンマットビール2ペンス、南ウィルビール4ペンス……あとは麦芽100%のランチ酒なんてどうですか?」

 「ライトさんに用があるんですが。」クラインは単刀直入に尋ねた。

 バーテンダーは口笛を吹くと、傍にいる誰かに話しかけた。

 「ボス、客人です。」

 「おぅ、どちらさんだ……」はっきりとしない声が聞こえてくると、カウンターの後ろから酔っ払いの老人が現れた。

 老人は目を擦りながら、クラインの方を見た。

 「お前さんかね、わしに用があるのは。」

 「ライトさん、傭兵隊に任務を頼みたいのですが。」クラインはダンに言われた通り伝えた。

 「傭兵隊?冒険ごっこでもしてるんですか?そんなものとうの昔になくなりましたよ!」バーテンダーは笑いながら口を挟んだ。

 ライトは数秒間沈黙する。

 「ここのことは誰に聞いたんじゃ?」

 「ダン……ダン・スミスです。」クラインは正直に答えた。

 ライトは急に声を上げて笑い出した。

 「わかったよ。実はな……傭兵隊はまだ存在するんじゃ。姿形を変えてな。より今の社会にふさわしい名前に変わっておる。ツォトゥラン街36番地2階に行くといい。」

 「ありがとうございます。」クラインは丁寧に感謝を述べると、バーを後にした。

 クラインが店を出る直前、騒いでいた客たちがにわかに静かになり、ひそひそ声だけになった。

 「ダグが負けたぞ……」

 「負けた……」

 クラインは首を横に振りながら苦笑し、足早にその場を離れ、道を尋ねながら近くのツォトゥラン街までやってきた。

 「30、32、34……ここだ。」クラインは番地を数えながら場所を探し、36で階段に入った。

 曲がり角を曲がり、階段を1段1段上っていくと、傭兵隊の現在の名前が記された看板が見えた。

 「ブラックソーン・セキュリティ社。」


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