บท 19: 第19章 封印物
「我々は守護者である一方で、危険や狂気とつねに隣合わせの哀れな人間でもあるのだ。」
窓の外の廊下は閉ざされ、石の壁は冷たく、室内の明かりが煌々と輝く中で、ダン・スミスの話が残響となってこだまし、クラインの心に響いた。クラインはしばらく言葉が出ない。
クラインが黙っていると、ダンは首を振りながら笑って言った。
「がっかりさせちゃったか？超越者は君の想像とは違う。我々はつねに危険と隣り合わせだ。」
「得るものがあれば、それなりの代償が伴うのは当然です。」クラインは気持ちを落ち着かせ、言葉を選びながら答えた。
人智を超越した力を持つ超越者には輝かしく、常からかけ離れ、普通ではない一面のほかにも、こんなリスクがあったのか。ただ、説明を聞いただけで実際に自分の身に起こっていないからか、すでに自身がその渦中におり、怪奇事件がいつ自分の身に降りかかってもおかしくないからか、恐怖、緊張、不安、恐れといった感情はすぐに落ち着いた。
もちろん、後戻りする考えも頭をよぎり、しつこくまとわりついて離れようとしない。
「いいぞ、大人だな。それに冷静だな……」ダンは残りのコーヒーを飲み干すと、さらに一言付け加えた。「それから、超越者は君が思っているほど強くもない。序列の低い超越者は……そう言えば、超越者の序列はなぜ1が最高で、9が最低なのだと思う？これは一般的な感覚やロジックに反するものだ。我々のいう序列が低いとは、等級が低いことを指すから、数字が大きいほど序列の末端にいるというわけだ。」
「まあいい、さっきどこまで話したかな？そう、超越者は君が思っているほど強くはない。序列の低い超越者の『力』は、火砲はもちろん、銃器にすら及ばない。ただ特定の状況においては、銃器や火砲よりも奇妙で、防ぎようがないというだけだ。もし今後超越者になるチャンスがあれば、私の今日の話をよく考えて、慎重に決断することだな。」
クラインは自嘲した。
「そのチャンスはいつ来るんでしょうか？」
もしチャンスが来たら、必ず逃しはしない。間違ったポーションや序列の違うポーションの服用はいずれも最大限避けることができるものだ。主なリスクはポーション自体が持つ微妙な影響や霊感が高まることで、見えたり聞こえたりする未知の「危険」にある。
前者はこれまでの先輩たちの経験を参考に、焦らず着実に力を身に付ければ、暴走する確率は抑えられるはずだ。超越者になることを選択したのは、目の前のリスクを解消し、神秘学の神髄を知ることで、元の世界に戻る方法を見つけるためであって、決して序列の高い「ポジション」を目指してのことではない。本当に暴走しやすいなら、昇進は諦め、そのままの序列にとどまり、知識で元の世界に戻る道を探せばいい。
その後のリスクについては言うまでもない。クラインには「開運の儀式」を使用したときの、気が狂って頭が張り裂けそうな囁きがまだ記憶に新しいが、これは超越者にならないからといって避けられるものではないのだ。それなら、対抗できる力を身に着けておいたほうがいいだろう。
そう考えると、メリットは明らかであり、頭にまとわりついていた後戻りの考えも大半は消え去った。
ダンはまたパイプを取った。灰色の瞳には微かに笑みを浮かべて言った。
「それについては、正確に答えることはできない。超越者になるには、まずは十分な手柄を立てることだ。もしかしたら、明日明後日で鍵となる古代文献が解読できたり、我々の扱う事件に極めて有用な知見を提供できればどうだろう？それから、あとは上に新しいアイディアの有無次第だな。これは誰にも予測できないが。」
「よし、超越者についてだいたい理解できたであろう。これで今後軽率に決断を下すことはないだろう。次は夜を統べる者の事務について説明する。」
ダンは立ち上がり、入口までゆっくり歩いていくと、「チアニーズの扉」とは反対の方向を指差した。
「我々には経理が1人と、必需品の購入や教会・警察から支給された物資の受け取り、運転手を兼任する担当者が1人いる。この二人は専門職で、交代制ではなく、毎週日曜日が休みだ。残りの三人は事務員で、ロクサーヌ、ブライト、ニールだ。主な仕事は来客の対応、オフィスの清掃、事件ファイル・物品申請書の記入、武器・材料・文献資料室の管理、入退室・受領返却の厳格な管理で、毎週は日曜以外に、それぞれ交代で週一の休みを取る。夜勤と休暇も交代制で、各自調整する形だ。」
「僕もロクサーヌさんたちと同じ仕事をするんですか？」クラインは超越者になるという考えをしまい込み、自分の「職務」を確認した。
「いや、その必要はない。君は専門職だ。」ダンは笑みを浮かべた。「当面の仕事は二つ。一つは、毎日午前か午後に外を歩くこと。ポイントはウェルチの家から君の家までのあらゆる経路だ。」
「え？」クラインは呆気にとられた。
それが「仕事」？
どこに専門性があるんだ？
ダンは黒いトレンチコートのポケットに両手を突っ込んで言った。
「君が本当に記憶喪失だと確認できた時点で、ウェルチとナヤの一件はけりがついた。それから、行方がわからないアンティゴノス家の日記も、その時君が持ち去り、帰宅途中にどこかに隠した可能性がある。だから君の家からは何も手がかりが見つからなかった。現場ではなく、家に帰って『自殺』を図った理由も恐らくこれと関係があるはずだ。」
「君は神秘の力に影響され、その時の記憶を完全に失ってしまったが、人間の魂や脳というのは不思議なもので、何らかの痕跡が残っている可能性がある。デイリーの『霊能者』の力でも読み取ることはできなかったが、だからと言ってそれが絶対に存在しないとは限らない。もしかすると身近な場所やカギとなる場所に、何かを思い出すきっかけがあるかもしれない。」
「それが我々の求めているものだ。」
「なるほど。」クラインは説明を聞いて腑に落ちた。
夜を統べる者による日記の行方に関するこの推論は確かに筋が通っている。
当時あの場にいた人間で生き残っているのは自分だけだ。日記を持ち去り、途中で隠す時間と「動機」があるのも自分だけということになる。
「もしそれで日記を捜し出すことができれば、超越者になるための手柄としては十分だ。」ダン・スミスは励ましながらも、日記の重要性をそれとなくほのめかした。
「できれば。」クラインは頷いた。
ダンは話題を戻した。
「もう一つは、毎週交代で取る休みについて、とりあえずは自分で決めればいいが、外出していないときは、武器室に行って保管されている文献や典籍に目を通してくれ。これが歴史専門職としての仕事だ。すべて読み終わったら、ニールたちと交代だ。」
「はい、了解です。」クラインはそっと胸を撫でおろした。
別に難しいことはなさそうだ……
その時、ダンは体の向きを変え、7つの徽章が刻まれた両開きの黒鉄の扉を指差して言った。
「あれは『チアニーズ』の扉だ。今の夜を統べる者の体系を作った創設者、チアニーズ大司教にちなんで名づけられた。大都市の中央教会の地下には必ずこの扉がある。」
「夜を統べる者の正式メンバーが交代で見張りを行い、中には教会内部の二人以上の『門番』と無数の罠がある。悲惨な目に遭いたくなければ、うかつに近づかないことだ。」
「なんかすごそうですね。」クラインは感想を述べた。
「中はいくつかのエリアに分かれていて、一定の序列のポーションの処方箋や不思議な材料が多数保存されているほか、異端や異種、邪教徒、秘密組織のメンバーが仮収監されている。そして彼らは最終的に聖堂に送致される。」ダンはさらりと説明した。
聖堂？王国北部のウィンター郡にある黒夜女神教会本部「セレニティ大聖堂」か？クラインは考え事をしているようにわずかに頷いた。
「それから、機密性の高い文献や典籍の副本もある。権限レベルが上がれば、目にする機会があるかもしれない。」ダンは考え込みながらつぶやいた。「『チアニーズの扉』の向こう側の最下層には封印物もある。」
「封印物？」クラインはこの単語を咀嚼しながら尋ねた。
どうやら専門用語のようだ。
「我々が入手した超越品の中には、あまりにも重要かつ貴重で、邪悪な者の手に落ちれば、甚大な被害をもたらすものがある。それゆえ厳格に秘密を保持し、管理する必要があり、我々自身であっても、限られた状況でしか使用できない。しかも……」ここまで話すと、ダンは少し間を置いて続けた。「しかもその中にはそれ自体が『生きている』という特性を備える非常に特殊なものも一部ある。門番や周囲を誘惑し、自力で脱走して、甚大な被害を及ぼす恐れがあり、厳格な管理が不可欠となる。」
「本当に不思議ですね。」クラインは感慨深げに語った。
「夜を統べる者の本部ではこうした封印物を4つのレベルに分けている。レベル『0』は非常に危険であることを示し、最も高い重要度と最も高い保秘レベルであり、詮索、口外、描写、覗き見は禁止され、すべて『聖堂』の地下に封印しなければならない。」ダンは詳しく説明した。「レベル『1』は高い危険度を示す。限定的に利用可能で、保秘レベルは教区の司教と夜を統べる者の助祭以上が扱うことができる。ベークランドなどの教区本部の中央教会は1、2点の保管が認められているが、残りはすべて『聖堂』に移管しなければならない。」
「レベル『2』は中度の危険を示す。慎重かつ一定の範囲内で利用可能で、保秘レベルは司教と夜を統べる者のリーダー以上が扱うことができる。大都市の中央教会は3～5点の保管が認められているが、残りは所在地の『聖堂』または教区本部に移管しなければならない。レベル『3』は低度の危険を示す。取り扱いに注意が必要で、利用申請には3人以上での行動が条件となり、保秘レベルは夜を統べる者の正式メンバーが扱うことができる。」
「これで今後、関連の文献を見たときに、そこに記されている数字が何を意味しているのかわかるだろう。2-125なら、中度の危険のNo.125封印物だ。」
ダンはそう言うと、にわかに向き直り、部屋に戻ると、一番下の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「そうだ。これを見てくれ。3年前に新任の大司教が暴走したんだが、どうやったのか、厳重な警備を潜り抜け、レベル『0』の封印物を持って失踪した。これがその大司教の写真だ。もし何か発見しても、うかつに行動や邪魔はせず、戻って報告するように。でなければ、1000％殉職することになるぞ。」
「えっ？」クラインは紙を受け取ると、それには宛名がなく、モノクロの写真の傍に数行の文字が書かれているだけだった。
「インス・ザングウィル、男、40歳、元大司教、昇進に失敗した『見張る者』、魔物に誘惑され、悪へと堕落し、封印物『0—08』を持って逃亡。具体的な特徴は……」
写真と説明を踏まえると、インス・ザングウィルはダブルボタンの漆黒の司祭平服に身を包み、つばのない円形の帽子を頭に載せている。髪は暗めの金髪で、瞳は黒に近い紺色。鼻筋が高く通っており、口を真一文字に結んでいる。五官は古典彫刻のようで、皺は一切ない。最も目を引くのは片目が失明している点だ。
「堕落者に関する説明は詳細なのに、封印物についてはコードだけなのか……」クラインは自分が感じたことを率直に口にした。
「だから最高保秘レベルなのだ。封印物『0—08』の捜索指示はすべて口頭で行われ、文書としては残されない。与えられる情報もごくわずかなのだ。」ダンはため息をついた。「『0—08』の見た目はよくある羽根ペンだが、インクがなくても文字を書くことができる。これだけだ。」
これについてダンは多くを語らなかった。黒いトレンチコートの金色のチェーンをたぐり、煌びやかな同色の懐中時計を取り出すと、カチャと蓋を開け、ドアの外を指差して言った。
「説明は以上だ。あとは武器室へ行ってニールに文献調査について教えてもらってくれ。ニールはただの事務員ではなく、元々は正式メンバーだ。高齢だが昇進がかなわず、身体的に事件の処理も難しいが、内部の門番も家での休養も望まない。文献や典籍の管理をしたいというのが本人たっての希望だ。」
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