夏若雪は叶晨を3階の部屋に連れて行った。
部屋の設えや壁に飾られている写真を見ると、夏若雪の部屋であることがわかる。
叶晨は笑って言った。「若雪、僕が初めて夏家に来たのに、君の部屋に案内するなんて、ちょっと早すぎない?」
夏若雪は叶晨に白い目を向け、不満そうに言った。「どうして本当に夏家に来たの?今は非常時なんだよ。こんな無茶をすると大変なことになるわよ!」
「非常時?」叶晨は眉をひそめて、「若雪、僕の予想だけど、誰かに脅迫されているんじゃないか?江南省武道協会?それとも烏家?あるいは秦家?」
秦家の名前を聞いて、夏若雪の美しい瞳がわずかに収縮した。
叶晨は答えを得たという感じだった。
「若雪、君が僕を信じるなら、秦家の住所を教えて欲しい。僕が全ての問題を解決するから」
叶晨の言葉は断固としたものだった。
全くの畏怖もなく。
夏若雪はひとしきり驚いて、口をぽかんと開けたまま、瞳に混乱が満ちていた。
彼女は叶晨を信じたいと思っていた。彼女がこれまで歩んできた道で、叶晨に敵対した全ての人々が倒れてしまっていたからだ。
でも、それは江城の話で、江南省ではない。
叶晨は江南省に来たばかりで、おそらく現状を完全に理解していない。そんな状態で無理に秦家に行くと、何かが起きることは必至だ。
彼女は叶晨に何かが起こるのを望んでいない。
本当に望んでいない。
いつからか、夏若雪の冷たい心に一つの影が現れた。
その影が徐々に彼女を占領していった。
その影が叶晨だと彼女は知っていた。
彼女は何度も祈ってきた。叶晨が江南省出身で、秦家に対抗できる力を持つ家族であればと。
そうであれば、彼女は躊躇せずにその結婚の約束を破り、叶晨の後ろに立つだろう!
でも、それはただの幻想だった。
叶晨は一人で、何年も江南省に根を張っているトップの武道家族である秦家にどうやって立ち向かうのだろう?
たとえ叶晨がどれだけ強く、天才的でも、それは無理だろう。
秦家に立ち向かうとなれば、死しか道はない。
これは信頼というより冷たい事実だ。