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6.81% 謎めきの主 ピエロ編 / Chapter 9: 第9章 ノート

Bab 9: 第9章 ノート

30分ほど休んだ後、クラインとしての意識を取り戻した周明瑞は、小さな正方形を成している4つの黒点が右手の甲に現れたことに気が付いた。

 4つの黒点は徐々に薄くなり、すぐに消えてしまった。しかしクラインは知っていた、こいつらは依然として自身の体内に潜んでおり、再び覚醒するときを待っているのだと。

「4つの黒点?正方形?部屋の四隅、四食の食事との関係のことか?なら今後は食事を捧げなくても、直接足を踏み出して呪文を使うことができるのか?」クラインは薄々そう推測した。

一見悪くないように感じるだろうが、自分の体に理解の及ばない奇妙な「何か」が現れると、やはり恐ろしく感じる。

地球上の意味不明な方術が、ここでも効果を発揮できることも、自分が夢の中で奇妙なタイムスリップをしたことも、神秘や幻覚、未知のもので満ちた灰色の霧の世界も、「儀式」の最中で自分の周りに漂っていた、人を狂気に陥れるあの囁きだってそうだ。クラインはそれらを思い出すと、6月の炎天下にもかかわらず、身体の震えを抑えることができなかった。

かつてこんな話を聞いたことがあった。「人間の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である。その中でも、最も古く、最も強烈なのが未知のものに対する恐怖である。」と。彼は今、その未知のものに対する恐怖を強く実感しているのだった。

神秘学領域についてもっと知りたい、未知を打破してこの恐怖を取り除きたいというかつてなく抑えきれない強い衝動が、彼の中に湧き上がってくる。一方、彼は頭を抱え、必死に目の前の事実から目を背けようともした。

窓の外からは燦燦とした太陽が、テーブルの上に「金粉」を撒いたかのように、あたたかな光が降り注いでいた。その様子を見つめながらクラインは、少しばかりの安心と希望を覚えたのだった。

僅かに緊張が解けると、彼はとてつもない疲労感が降ってくるのを感じた。

昨晩は眠れなかった。今の出来事も、ずいぶん気持ちを消耗したはずだ。彼の瞼は鉛白のように重くなり、自然と閉じていく。

クラインは頭を横に振り、何とかテーブルの縁をつかんだ。彼は四隅に置かれたライ麦パンには目もくれず、よろめきながら2段ベッドに向かった。ベッドに横たわると、頭が枕に触れた瞬間、ふっと意識が途切れた。

グー! グルグル!

クラインは空腹で目を覚ました。目を開くと、随分と清々しい気分がした。

「この頭痛を除けば、な。」彼はこめかみをさすり、体を起こした。今なら牛一頭すら食べられそうなほどの空腹だった。

彼は服の乱れを直しながら、テーブルの傍に戻り、あのツタ模様の銀白色の懐中時計を手に取った。

パカッと音がしてふたが開くと、秒針がチクタクと時を刻んでいる。

「12時半だ。3時間以上寝たか……」クラインは唾をのむと、懐中時計をリネンシャツのポケットにしまった。

北大陸では、一日は地球と同じく24時間、1時間は60分、そして1分は60秒である。もっとも、1秒の長さが地球と同じかまでは、クラインには知る由もないが。

今の彼からすれば、神秘学や儀式、灰色の霧の世界など一切頭に入らなかった。今、一番重要なのは食べ物、食べ物だ!

腹が減っては戦はできぬ! 話はそれからだ!

クラインはためらうことなく部屋の四隅のライ麦パンを拾い集め、表面のホコリを払うと、そのうちの一つを今日の昼食にしようと考えた。

故郷の土地では、祭祀の後に供え物を分けて食べる習慣があったし、4つのライ麦パンは見たところ傷んでいる様子もない。手持ちの金がたった5ペンスしかない今、生活費は節約しなければ。

もちろん、これは以前の主の記憶の欠片や、生活習慣から影響を受けたものでもあるのだが。

ガス代は高く、照明だけでもなかなかの出費になる。彼はコンロを運び出すと、石炭を入れ、ゆっくりとした足取りで部屋の中を歩き回りながら、湯が沸くのを待った。

あんなパン、そのまま食べたら噎せちまう!

「ああ、まさか朝も昼もライ麦パン、夜になってやっと肉が食べられる生活だなんてな……いや、メリッサが俺の面接のために頑張ってくれていなければ、週に2回も肉が食べられないんだ。」と、何もすることがなく、お腹がペコペコで深刻な問題を考える余裕もないクラインはあたりを見回していた。

ラム肉のことを思い出したクラインは、強烈な衝動に駆られてキャビネットの方を見つめる。

「ダメだ、ダメだ。あれはメリッサが帰ってから食べるんだ。」クラインは必死に首を振り、ラム肉を半分切って今すぐ作るという考えを打ち消した。

かつては大都市に暮らす独身男性だった彼は、外食をすることが多かったが、それでも基本的な料理はすることができた。決して美味いとは言えないが、食べられないものでもない。

クラインは体の向きを変え、見て見ぬふりをしようとするつもりだった。そして彼はふと思い出した。確か今朝は、肉以外にもエンドウ豆とジャガイモを買っておいたはずだ!

ジャガイモ! 即座にひらめいたクラインは急いで振り返り、キャビネットに駆け寄ると、いくつかしかないジャガイモの中から2つを取り出した。

彼はまずそれを共同洗面所で洗い、皮についた泥を落とした。そしてそれを水の入ったやかんの中に入れて煮込んだ。

しばらくして、彼はキャビネットから調味料入れを取り出して蓋を開けると、水の表面にパラパラと黄ばんだ粗塩を落としていく。

さらに待つこと数分、クラインはやかんを持ち上げ、スープともいえぬそれをいくつかのコップと大きなお椀に注ぐと、最後に2つのジャガイモをやかんから取り出し、テーブルの上に置いた。

ふう!

彼がジャガイモの皮を少し剥くと、手に一息を吹きかけた。茹でたジャガイモの香りがどんどん広がり、食欲をそそった。

よだれが止まらない。クラインは半分しか皮を剥いていない、まだ湯気の立つジャガイモを手に取って、思いっきり齧りついた。

柔らかい! うまい! 甘みを感じたぞ! クラインの心は一瞬にして感動に満ちていた。彼は皮が少し残っているのも気にせず、2つのジャガイモをがつがつと口の中に放り込んだ。

そして彼は「スープ」の入ったお椀を手に取ると、中の液体を満足げに口に含んだ。薄い塩味が口の中の渇きを癒してくれた。

「ガキの頃、これが大好きだったんだよな……」と、食い物を少しお腹に入れたクラインは無言の感慨に浸りつつ、ライ麦パンを手で割ると、その欠片を「スープ」に浸して柔らかくして食べる。

この前の「儀式」の消耗が大きかったのか、彼はまるまる2本、ちょうど1ポンドほどのパンを食べ終えてしまった。

「スープ」を飲み終えて片付けると、クラインは再び生気が満ちてくるのを感じた。生の悦びを感じ、太陽の温かい光を受け止めていた。

そしてテーブルの前に戻り、彼はこれからすることについて考えた。

「逃げてはいけない。俺は何とかして神秘学領域に触れ、『正義』と『吊された男』の言う超越者になるんだ。」

「未知による恐怖に、打ち勝ってやる。」

「今考えられる唯一の方法は、次の『集まり』を待つことだ。『観衆』のポーションの処方箋や、神秘学に関する他の知識を聞き出せるかなぁ……」

「月曜までまだ4日ある。今のうちに、以前の主のことを知らないと。彼に何があったのか、どうして死を選んだのか……」

元の世界に戻れない以上、後がないクラインはあの開いたノートを手に取り、失われた記憶の欠片を取り戻す手掛かりがないか探すつもりだった。

どうやら以前の主はノートを取る習慣があり、ノートを日記代わりに使う趣味もあったようだ。

テーブルの右脚に当たる棚の中には、びっしりと文字が書かれたノートが所狭しと並んでいることを、クラインは知っていた。

この1冊は5月10日からのもののようだ。最初の部分には学校のこと、教師のこと、彼の学んだ知識などが書かれていた。

「5月12日、アーツック先生が南大陸のバラム帝国の公用語について、古フサルクの派生語、つまり巨人語の分岐であると言っていた。どうしてそんなことが? 霊性を持ったすべての生物が、かつては同じ言語を用いていたというのか? いや、そんなはずはない。『夜の黙示録』や『嵐の書』にも、かつて古い時代には巨人は大陸をつかさどる唯一のものではなく、精霊や異種、巨大なドラゴンなどの存在もあったと記載されている。まあすべて、神話や伝承の類でしかないのだが。」

……

「5月16日、コーエン上級准教授とアーツック先生が、蒸気時代の必然性について議論していた。アーツック先生は、この時代は偶然的なもので、ロッセール大帝がいなければ、北大陸は南大陸と同様、いまだ冷兵器時代にあっただろうと言う。これに対し、教授は個人の作用を過信しすぎだと批判した。時代の発展に伴って、仮にロッセール大帝やロバート大帝がいなかったとしても、蒸気時代が遅れるかもしれないが、必ず到来すると教授は主張した。私は、この議論には何の意味もないように思う。私は新たなものを発見し、謎に包まれた歴史を再現するのが好きなのだ。もしかしたら私が選ぶべきは史学科ではなく、考古学科だったのかもしれない。」

……

「5月29日、ウェルチが私を訪ねてきた。曰く、第四紀のノートを入手したのだという。なんてことだ、第四紀のノートだと! 彼は考古学科の学生に協力を仰ぐのは気が進まず、私とナヤに記述の解読を手伝ってほしいと助けを求めた。こんな誘い、どうして断るだろうか? もちろん、卒業発表のあとでね。今はこれに集中しなければ。」

ここまで読んで、クラインはハッとした。それまでの歴史に関する読書ノートや概念上の議論よりも、新たに見つかったという「第四紀」のノートの方が、以前の主の自殺に強く関わっているのではないだろうか。

第四紀は今の「黒鉄紀元」以前の時代であり、その歴史は謎に包まれている。未だ解明されていない部分も多く、陵墓や城跡、文献の出土数も極めて少ない。歴史学者や考古学者たちは、信仰教育を中心に編集された、記載内容が曖昧な7大教会の神学書籍から大まかな「元の姿」を見出し、ソロモン帝国、チューダー王朝、トランセスト帝国の存在を知っていた。

この歴史の闇を払い、元の姿を取り戻そうと考えていたクラインは、神話や伝承の類に偏っている「前の三つの紀元」には何の興味もなく、「神々の時代」と呼ばれる第四紀だけに強い興味を持っていた。彼の興奮は想像に難くない。

「へえ、こう見ると、以前の主は面接や将来の仕事なんて、気にする必要もないように思うが……」クラインは思わずこう漏らした。

当時、大学の数は少なく、学生の多くは貴族か有力な名家の子息だった。庶民は入学しても、その身分によって差別を受け、社交の輪に入ることはできない。だが余程本人が極端な性格をしていない限りは、グループディスカッションやグループ活動の中では交流を持つことができ、そこで人脈を得ていたのだ。貴重で、大切な人脈を!

ウェルチ・マクガヴァンはルーン王国インランド・シー郡コンストンのある銀行家の息子だ。豪快な性格で、金遣いも大胆、クラインやナヤとは、長期にわたり一緒に宿題やグループ発表をしたことをきっかけに、よく頼ってくるようになったのだった。

発想を飛ばすのを止めて、クラインは手元のノートに視線を戻した。

「6月18日、卒業。さようなら、我がホーイ大学。」

「6月19日、例のノートを見た。言語構造、語根などの比較から、おそらく古フサルクの変種の一つだろう。正確に言うならば、この1000年以上もの歴史で、古フサルクは少しずつ変わり続けていたのだ。」

「6月20日、1ページ目の内容を解読できた。このノートの著者は、『アンティゴノス』という家の人物のようだ。」

「6月21日、『黒皇帝』について書かれているが、以前の内容から推察された時代とは矛盾している。もしかして先生の見方は間違っており、『黒皇帝』とは、ソロモン帝国すべての皇帝に与えられる、共通の称号だったのではないか?」

「6月22日、『アンティゴノス家』は、ソロモン帝国で輝かしい地位を誇っていたようだ。そしてノートの持ち主は、チューダーという人物と秘密の取引を行っていたらしい。チューダー? チューダー王朝か?」

「6月23日、あのノートのことを考えないように、ウェルチのところにも行かないようにした。私には面接があるんだ! 大切な面接試験が!」

「6月24日、ナヤが教えてくれた、新しい発見があったと。やはり見に行かなくては。」

「6月25日、新たに解読された内容から、ノートの持ち主はある任務を受けていたようだ。『ホルナシス』山脈の主峰、その頂上にある『夜の国』を訪ねること。なんてことだ。ホルナシス山脈の主峰は標高6000メートルを越えている。そんなところに王国が? 彼らはどうやって生きていたというんだ!」

「6月26日、こんな不可思議なものが、本当に存在するのか?」

ノートはここで終わっていた。周明瑞のタイムスリップは、6月28日早朝のことだった。

「つまり、6月27日のノートもあるんだ。たった一文……『どんな人間もいつかは死ぬ。私も例外ではない。』……」クラインは最初に見たページに戻り、身の毛のよだつ感覚を覚えながら判断した。

以前の主の自殺、その謎を突き止めるには、ウェルチのところに行って、もう一度あの古いノートの内容を読まなくてはならないと彼は考えていたが、小説や映画、ドラマから豊富な「経験」を積んだ彼は、本当に自分自身に関わることであれば、ウェルチのところに行ったら、おそらく未知の危険に遭遇するだろうと感じていた──かの古城に幽霊がいると知っていながら強いて行った奴らの結末が、その警告なのだ!

だが、行かないわけにもいかない。逃げていては何も解決しない。それどころか、問題は大きくなるだけだ。洪水が堤防を突き破って自身を沈めるように!

警察に通報する? 自分が自殺しましたなんて、誰が言えるもんか……

ドン!

ドンドン!

突然、ドアの方から強く急かすようなノックの音が響く。

クラインは慌てて姿勢を正すと、その音に耳を傾けた。

ドン!

ドンドン!

ノックの音がただ、無人の廊下に響き渡っていた。


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