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3.03% 謎めきの主 ピエロ編 / Chapter 4: 第4章 占い

Bab 4: 第4章 占い

周明瑞は再び椅子に座った。教会の鐘の音が7回鳴ったところでようやくのろのろと立ち上がり、キャビネットから洋服を取り出した。

黒いベストに同色のジャケット、足首のすぼまったテーパードパンツに、低めのトップハット、そこにほのかなインテリ気質を……周明瑞は鏡の中の自分を眺めると、まるでヴィクトリア朝が舞台のイギリス時代劇を見ているようだと思った。

「俺は面接に行くんじゃない、買い物に行くだけだ。『開運の儀式』に使う材料を買いに行くだけだ……」周明瑞はそうつぶやくと、首を振って苦笑いした。

クラインはこれほどまでに間もなくやってくる面接試験を気にかけていた。注意力が散漫になっている時、習慣的にこの唯一まともな洋服を身に着けてしまうほどに。

周明瑞はため息をつくと、ジャケットとベストを脱ぎ、黄褐色の古びたコートに着替え、同じ色の丸つばフェルト帽を頭に載せた。

身じたくを整えると、周明瑞はゆっくりと2段ベッドのほうに歩いて行き、上段のマットレスの下で隠している小さな穴に手を入れると、その中をまさぐった。

右手を引き抜くと、手にはくるっと巻かれた何枚かの紙幣があった。7、8枚はあろうか。白ベースに深緑色の模様が書かれている。

これが、当面の生活費も含んだ、ベンソンの全財産だった。内訳は、5スラー札が2枚、残りは全て1スラー札だった。

ルーン王国の通貨で、古代の銀貨をルーツに持つスラーは、ペンスの上位の通貨単位だ。1スラーは12銅ペンスに相当し、1スラーと5スラーの2種類の紙幣が流通している。

通貨単位の最上位に位置するのはポンドだ。これも紙幣だが、金本位制度の元で発行されている。1ポンドは20スラーに相当し、1ポンド、5ポンド、10ポンドの3種類が流通している。

周明瑞は巻かれたお札を開き、かすかに香る独特のインクの香りを嗅いだ。

金のにおいだ。

クラインの記憶の断片の影響か、元々金に目がないのか、その瞬間、周明瑞はそのスラー札にひどく愛着を覚えた。

見ろ、このデザインの美しいことといったら。しかめっ面でかしこまったカイゼル髭のジョージⅢ世まで可愛らしく見える……

見ろ、この光にかざした透かしの魅力的なことといったら。偽造防止のための精巧なデザインだけあって、怪しいニセ札なんかとは一線も二線も画している!

しばらく堪能した後、周明瑞は1スラー札を2枚抜き取ると、残りを元通りに巻いて、マットレスの下の穴に戻し、穴の周りのシーツをきれいに整えた。

それから抜き取った2枚の紙幣をきれいに折りたたみ、ズボンのポケットに入っている銅ペンスとは別に、黄褐色のコートの左ポケットに入れた。

そして、鍵をコートの右ポケットに入れ、こげ茶色の大きな紙袋を持ち、急ぎ足で出入口に向かった。

カツカツ、カツ…。だが、足取りは徐々に遅くなり、やがて立ち止まってしまった。

周明瑞はドアの前に立ち、知らず知らずのうちに眉間にシワを寄せていた。

クラインの自殺には不可解なことがたくさんある。このまま外に出ていったら、俺も「事故」に遭ったりしないか?

しばらく考えて、周明瑞はテーブルに引き返すと、引き出しを開け、例の真鍮色に光る回転式拳銃を取り出した。

これが彼が今唯一思いつく、護身用の、強力な武器なのだ!

射撃を習ったことはないが、万一のときは拳銃を取り出すだけで脅し効果はバツグンだろう。

ひんやりした金属製のシリンダーを手でさすり、周明瑞はそれを紙幣の入っているほうのポケットに入れた。折った紙幣を手のひらで覆い、指ではしっかりグリップを握った。完璧なカムフラージュだ。

安堵感がこみ上げてきたものの、どんなことでも少しずつ知っている周明瑞に、ふとある懸念がよぎった。

「まさか誤射するなんてことはないだろうな。」

様々な考えが浮かんでは消えたが、周明瑞はすぐに解決策を思いついた。拳銃を取り出してシリンダーを開け、「自殺」が原因で1つ空いたチャンバーを次弾の位置にセッティングすると、またシリンダーをカチャンと閉じた。

こうしておけば、たとえ発砲したとしても、「空砲」だ!

周明瑞は拳銃をポケットに戻し、さっきのように左手でグリップを握ると、それ以降左手をポケットから出すことはなかった。

右手で帽子を押さえ、ガチャっとドアを開けて部屋を出た。

昼間の廊下は相変わらず薄暗く、突き当たりの窓から射し込む日光はほんのわずかだった。足早に階段を下りてマンションを出ると、ようやく太陽の明るさと暖かさを感じることができた。

まもなく夏真っ盛りの7月になろうとしていたが、ティンゲンはルーン王国の北方に位置し、独特の気候的特徴があるため、年間最高気温は地球の30℃にもならず、朝ならもっと涼しい。ただ、一部には、汚水があふれ、ゴミが散乱している地区がある。クラインの記憶によれば、それは低所得者の生活する場所だった。下水道が整備されても、その光景は一向に変わらない。なぜなら人口密度が高く、皆暮らしていくので精一杯だったからだ。

「さあさあ、美味しい魚の切り身焼きだよ!」

「熱々で新鮮なカキのスープ。朝に1杯飲むと、一日中元気で過ごせるよ!」

「港直送の新鮮な魚が1匹たったの5ペンスだ!」

「マフィン、ウナギのゼリー寄せにジンジャービアだよ!」

「つぶ貝、つぶ貝はいかが」

「郊外の農場で採れたばかりの野菜、安くて新鮮さ~」

……

野菜や果物、おかずなどを売る屋台から、道行く人たちを呼び込む威勢の良い声が響きわたる。足を止め、じっくり品定めをして買う人もいれば、鬱陶しそうに手を振る人もいる。なんと言っても、今日一日の仕事はめどがつかないのだ。

周明瑞は悪臭と美味しそうなにおいが交互に鼻を突く中、左手でぎゅっとグリップとスラー札を握り、右手で丸つばフェルト帽を押さえながら、やや背中を丸め、下を向いてにぎやかな通りを進んだ。

人の多いところには泥棒がいる。特にこのあたりは臨時雇いで糊口をしのぐ失業同然の貧民や、使いっ走りにされる腹を空かせた子どもたちが多数暮らしている。

足早に通りを抜け、人混みが解消されると、周明瑞はようやく背筋を伸ばし、顔を上げ、街角を見つめた。

視線の先では、流しのアコーディオン弾きが、時にゆっくり、時に激しく音楽を奏でていた。

アコーディオン弾きの周りには、ボロボロの服を身に着け、栄養不良で血色の悪い顔をした子どもたちがたくさんいた。

子どもたちは音楽に耳を傾けながら、リズムに合わせ、本能の赴くままに体を動かし、思い思いの踊りを踊っていた。その様子は楽しそうで、まるで王子や天使になったかのように笑顔があふれていた。

そこに、一人の無表情な中年女性が通りかかった。スカートの裾は汚れ、肌はくすんでいた。

目は虚ろで生気がなく、子どもたちに目を向けた一瞬だけ、光が宿った。30年前の自分を見ているような気持ちになったからだろうか。

周明瑞は中年女性を追い越して角を曲がり、「スリムパン店」の前で立ち止まった。

パン屋の主人はウェンディ・スリムという名の、いつも穏やかな笑みをたたえた70代の白髪の老婦人だった。クラインが物心ついたころから、ウェンディはこの場所でパンとお菓子を売っていた。

そう、お手製のティンゲンクッキーやレモンケーキが旨いんだよな……周明瑞は唾をごくりと飲み込むと、笑顔で言った。

「すみません、ライ麦パンを8ポンドください。」

「おや、クライン。ベンソンはまだ帰ってこないのかい?」ウェンディはにっこり笑って尋ねた。

「あと数日はかかりそうです。」周明瑞は答えを濁した。

ウェンディはライ麦パンをトングで挟みながら、感心したように言った。

「本当に勤勉な子だ。きっといい奥さんが来てくれるよ。」

そして、にやりと笑い、いたずらっぽく続けた。

「あんたも無事ホーイ大学史学科の卒業生になったことだし、すぐに稼げるようになるさ。あんなマンションに住むのはやめて、せめて洗面所のある家に引っ越さないと。」

「スリムさん、今日は一段とお若くはつらつとしていますね。」周明瑞は苦笑いをしながらそう返した。

クラインが無事面接試験を突破し、ティンゲン大学の講師になれたら、モレッティ家には確かに余裕が生まれるだろう。

クラインの記憶の断片によれば、2階に部屋が5 、6間、洗面所2つ、大きなバルコニー、1階に部屋2つ、ダイニング、リビング、キッチン、洗面所、さらに地下パントリーのある2階建ての一軒家を郊外に借りようという妄想もしていたようだ。

これは別に高望みでも何でもなく、ティンゲン大学の場合、たとえ研修中の講師であっても週給2ポンド、正式採用後は3ポンド10スラーももらえる。それに対して、クラインの兄ベンソンは、働きだして何年も経つにもかかわらず、週給1ポンド10スラーだし、工場勤務の労働者などは、週給1ポンドもらえるかどうかという水準だ。ちなみに、クラインが妄想した郊外の一軒家の家賃は、19スラーから1ポンド18スラーほどする。

「これが月収4000元と1万4000元の差か……」周明瑞は独りごちた。

ただし、ティンゲン大学またはベークランド大学の面接試験に合格できればの話だ。

他の道はというと、コネのない者はそもそも公務員に推薦してもらえないし、歴史専攻だと就職先がさらに狭まる。貴族や銀行家、産業界の大物のプライベート顧問なども需要は多くない。

クラインの持っていた知識が「断片」になってしまったことを考えると、スリムさんの期待に対して、周明瑞は気まずさと心細さでいっぱいだった。

「あたしゃいつも若いよ。」ウェンディは茶目っ気たっぷりに答えた。

話しながら、重さを量り終えた16本のライ麦パンを周明瑞が持参したこげ茶色の紙袋に入れ、右手を差し出して言った。

「9ペンスね。」

ライ麦パン1本の重さは約0.5ポンドだが、ややバラつきがあるのは仕方がない。

「9ペンス? この前は11ペンスだったのに?」周明瑞は思わず尋ねた。

先々月などは15ペンスだったはずだ。

「『穀物法案』撤廃のためにデモ行進した人たちに感謝しないとねえ。」ウェンディは両手を広げて笑った。

周明瑞はわかったようなわからないような気持ちでうなずいた。クラインはこれに関する記憶が抜け落ちているようで、知っていることと言えば、「穀物法案」の目的は、自国の農産物価格を保護するため、価格が一定水準に上昇するまでは、南方のフェナーポート、マシック、ルンベルクなどの国から穀物を輸入しないようにするということだけだった。

なぜ反対デモが起こったんだ?

周明瑞はうっかり拳銃を取り出してしまわないよう、そうっと紙幣を取り出し、そのうちの1枚をウェンディに渡した。

おつりの銅ペンス3枚をズボンのポケットに入れると、パンの入った紙袋を提げ、通りを1本隔てた「チシャと肉」市場に向かい、妹に言われたとおり、エンドウ豆とラム肉を探した。

鉄十字街と水仙花街の交わるところに行政広場がある。たくさんのテントが立ち並び、ピエロの格好をした人たちがあちこちでビラを配っていた。

「明日の夜、サーカスの公演が?」周明瑞は道行く人が持っていたビラを一瞥し、小声で内容を読み上げた。

メリッサはきっと喜ぶだろう。チケットはいくらだろうか。周明瑞はピエロのいるほうに近づいていった。

赤と黄色のしま模様のピエロに話しかけようとしていたその時、近くからしゃがれた女の声が聞こえてきた。

「占いはいかが」

周明瑞が思わず振り返ると、低いテントの前に、とんがり帽をかぶり、黒いロングスカートを穿いた女が立っていた。

顔に赤と黄色の油絵の具を塗り、深いブルーグレーの目をしていた。

「いえ、けっこうです。」周明瑞は首を横に振ってそう言った。占いなんぞに払う金はない。

女は笑って言った。

「私のタロット占いはよく当たるのよ。」

「タロット……」周明瑞はぴたりと立ち止まった。

タロット。地球のタロットカードとよく似た発音だ。

でも、地球のタロットカードは、マークが増えた占い用トランプみたいなものだからな。

待てよ……周明瑞はふいに、こちらの世界のタロット占いの由来を思い出した。

それは7人の正統な神に由来するのでも、古代から伝わるものでもなく、170年あまり前に、インディス共和国の長官だったロッセール・グスタフが発明したものだった。

ロッセールは蒸気機関を発明し、帆船を改良し、インディス王国の統治者を倒した。そして「匠の神」教会に承認され、新生共和国の初代長官に就任した。

ロッセールはその後、幾多の戦いを経て、ルンベルクなどの国々を保護下に置き、ルーン王国、フェナーポート、フサルク帝国など北大陸の強国を次々と降伏させた。そして共和国を帝国に改め、自らを「カエサル大帝」と称した。

ロッセールの統治時代、「匠の神」教会は「第五紀」以降初となる公の神託を受け、「匠の神」という呼称は「蒸気と機械の神」に改められた。

他にもロッセールはタロット占いを発明したり、周明瑞も知っている昇級、大貧民、テキサスホールデム、グウェントなどのトランプの遊び方やカード構成を定めたりもした。

さらに、船団を派遣し、嵐や乱気流を乗り越えて南大陸への航路を発見し、植民地時代のきっかけをつくった。

ただ残念なことに、ロッセールは晩年、裏切りに遭ってしまう。第五紀の1198年、永遠の烈日教会、旧インディス王族サウロン家、および他の貴族が手を組み、ロッセールを白楓宮で刺殺した。

あれ?……これらの一般常識を思い出した周明瑞は、なぜか歯の痛みを覚えた。

ロッセールはもしかして、タイムスリップの先輩か……?

そう思った途端、周明瑞はこちらの世界のタロットカードがどんなものか、俄然興味がわいた。そこで、とんがり帽の油絵の具塗りたくり女の申し出を受けることにした。

「もし……、いやあの、そんなに高くなければ、やってみようかなと。」

女はけらけら笑って言った。

「あなたは今日最初のお客さんだから、タダで占ってあげる。」


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